エリヤと旧約聖書のおはなし(1)          

 シュナイト先生の全体練習、またパート練習と続き、『エリヤ』のドラマ性を感じておられることと思います。皆様が今まで歌ってこられたミサ曲や受難曲、『メサイア』のような曲は、新約聖書についての知識が少しあれば比較的理解しやすいものです。しかしエリヤの登場する旧約聖書はなじみのない方が多いと思いますので、曲を理解するために少し旧約聖書のことをお話させて下さい。
 『エリヤ』前半の最も劇的な場面は、エリヤとバアルの預言者たちとの対決です。負けた方は結果的に殺されてしまう訳で、並大抵の争いではありません。
 旧約の舞台は気候の厳しい所です。比較的肥沃な土地もありますが、草もロクに生えない乾燥した地がかなりあります。加えてエジプト、アッシリア、バビロニア等の強大国やその他の民族国家等の勢力争いに常にさらされてきた政治的不安定地域です。そんな中で育まれた宗教の厳しさ・激しさが一面にあります。
 これが『エリヤ』を理解するひとつのポイントです。花鳥風月を愛でる私たちには難しいことですが、シュナイト先生が言われるように感情をオーバーなくらいに表現して歌いたいものです。

〔エリヤまでの歴史とバアル信仰〕

 エリヤが登場するずーっと前、遊牧を中心に生活するアブラハム(Nr.14 アリアに「アブラハムの神、主よ」と出てきますね。)と親族一同がメソポタミアからやって来ました。神に示された定住の地がカナン(おおよそ今のイスラエルのあたり)です。彼の子孫はたくさんに増え、アブラハムはイスラエルの民の父と呼ばれるようになります。
 アブラハムの曾孫の時代に広範囲な大飢饉があり、人々はエジプトへ移住しました。曾孫の一人ヨセフがある事情でエジプトの王ファラオに仕える大臣になっており、有能なので重用されていたのです。当初は何とか平和に暮らしていましたが、後にエジプトはイスラエル人を脅威と思うようになり、強制労働を課して虐待します。そこでエジプト生まれのイスラエル人モーセは、民を率いて神の約束の地カナンに向かいます。(古い映画「十戒」等で描かれる、海が分かれてモーセと民が渡っていく場面が有名ですね。紀元前13世紀頃?)
 エジプトでの奴隷のような生活から逃れてカナンへ…… これをヤハウェの神が導いたと信じ、この出来事「出エジプト」を記憶することがその後のユダヤ教信仰の基礎ですが、死海とそこに流れ込むヨルダン川の西側を「神の約束の地」とすることが、20世紀のイスラエル建国また現在のパレスチナ紛争へとつながってもいるのです。

 話が何千年も飛びました。昔に戻りましょう。
 イスラエルの民がエジプトにいた数百年の間に、カナンには農耕を生活の中心とする別の民族「カナン人」が住みついていました。彼等は日本が昔そうだったように、領主と農耕民の社会、土地に根を下ろした階級社会です。遊牧生活から出発した、血縁関係を大事にするイスラエルの民の氏族的な平等社会とは全く違っています。従って信仰の対象もおのずと異なっていました。

 バアルはそのカナン人の神です。シリア・パレスチナ地域で古くから崇拝され、嵐(雨)を司るとされました。これらの乾燥地域では嵐は豊饒の兆しですから、バアルは乾期・雨期の自然のサイクルに従い恵みの雨をもたらす豊饒の神だったのです。(『エリヤ』で雨をもたらすのはどの神でしょう?)
 カナンにやって来た遊牧民たちは僅かばかりの羊や山羊を連れて、カナン人が農耕生活をする町(集落)の周辺、いわば畑と砂漠の境界地域で暮らし始めます。紀元前12〜11世紀頃、生活がその地に定着すると、彼等も畑を耕すようになります。
 年月が経つ間には平和的交流も武力衝突もあったことでしょう。ともかくカナンに定着した人々は徐々に増えてカナン人を押しのけまた融合していきましたが、遊牧から農耕に移っていくにつれ、ヤハウェ信仰から地元に根付いていた農耕に関わりの深いバアル神への信仰へ傾いていきます。
 この頃の類型がこれです。 民衆がバアルを信仰する。
              →ヤハウェの怒りが軍事的敗北という形で降りかかる。
              →人々はヤハウェに助けを求める。
              →ヤハウェ信仰にしっかり立つよう説く指導者(預言者)が現れる。
              →敵を制圧しイスラエルに平和が訪れる。
              →平和が続くとまたバアル信仰が起こる。
              →………    これが延々と繰り返されます。
 その後イスラエルの民は王を立ててひとつの王国となりますが、有名なソロモン王亡き後次の王の悪政によって対立する王が立ち、国は南のユダ王国と北のイスラエル王国に分裂してしまいます。この対立してイスラエル王国の王になったのがヤロブアムです。金の子牛の像を造って「これが神だ」と人々に拝ませ、異教の神殿を建て、人々がバアルやアシェラ(バアルの妻)の像を造ることを認めました。(Nr.23の歌詞に出てきます。)(モーセと共に働いた兄アロンも金の牛を造って神の怒りをかいました。シュナイト先生のお話に出てきましたね。)
 『エリヤ』に登場するアハブはヤロブアムの6代後の王ですが、この間ずっと王たちはヤハウェ信仰に立つことはありませんでした。アハブ王と結婚したのがイゼベル、当時力があったフェニキヤ人の国の王女でバアルを信仰していました。外国人の妻なら宗教が異なるのも当然ですが、これが頑迷で悪辣な女で、多くのヤハウェの預言者を斬り殺したり、ナボトという人を無実の罪で殺させそのぶどう畑を奪ったりします。夫のアハブ王は軍事的には優秀でしたが妻に頭が上がりません。子供にはヤハウェ信仰に由来する名前を付けているのですが、一方で「エリヤがこんなことをしたぞ。(Nr.10〜16、19〜20の内容)」と全部イゼベルに話します。彼女は自分が信じるバアル信仰の預言者たちを何百人も殺されたと聞き、怒り狂ってエリヤを殺そうとします。(Nr.23)

 どうも血なまぐさい話題が多くて困惑しますが、人間個々の尊厳より集団を優先させるのは古代社会の考え方とも言えます。しかし、現在でも国や集団の間の殺し合いは絶えません。それを止められないのが世界の現状です。
 ヤハウェ信仰の人々にとって、自分が生きていること、イスラエル民族が様々な危機にもかかわらず民族として存続していることは、すべて神の恵みによるものであったのです。エリヤは人々にそれを思い出させようとしていたのだと思います。

 現在のキリスト教の理解では、聖書の歴史は神の恵みと赦しの歴史です。アダムとエバ(イブ)の誕生の時から神は人を愛し続け人のために良かれと様々なことをしましたが、人は自分勝手に判断し、与えられた教えに背を向けることが多くありました。(これが聖書で言われ、宗教曲等にも出てくる「罪」です。警察のお世話になることばかりではありません!)そんな人間たちに怒ることがあっても決して見離さず常に共にいる、神をそんな存在と考えます。(Nr.37)

 シュナイトバッハ合唱団が今までに演奏した曲、今後予定されている曲はすべて神が何をしたか、人がどう応えたかを歌っています。クリスチャンでなくとも、聖書の正しい理解なしに曲を知ることはできません。こんな文章が皆様の助けになれば幸いです。
                                                                                                                                     (30.Jan.2002 アルト/ Cecilia 斉藤響子)